本ブログは広告を含みます。アクセラ(ラノベ)売ってます

アクセライズサマー #01-0-1 試し読み 自主制作ライトノベル 小説


 BookWalkerで購入する(広告リンク)試し読みもあります。


ーー ←コピペ用。──縦ずれ対策

※ ブログ向けに調整してないです。ストアでも試し読みをすることができます。

アクセライズサマー#01-0-0 無料

広告


     \ ???

「ねぇーー」
 焼けた家屋の香りが宙に舞って、土埃と煤が目に染みる。そんな不快感を覚えながらオレは、血で染まった自らの腹部を小さな手で押さえつけて、茜色に染まった夜空を仰ぎ見た。
「…………」
 大火で照らされた星のない空に浮かぶのは、自動小銃を抱えた赤い瞳の兵士たちだ。
 あいつらは『赤空人』と呼ばれている人種であり、リュフカに干渉することで自由に空を飛ぶことができる『浮遊術』という超常的な力を使うことができるらしい。
 そしてオレはそんな、天使か悪魔かも分からない赤空人たちから身を潜めるために、崩れ落ちてきた天井の、十字付きの大きな瓦礫に寄りかかっていた。
「きみ、大丈夫だよね?」
 静まりかえった埃まみれの教会の中に、声を抑えた女の声が小さく響きわたる。……。しっかりとした優しい大人の声で、年齢は30代くらいだろう。瓦礫に寄りかかっているオレの、左側の影の方向から身振り手振りを使って、鬱陶しくアピールをしていた。
「……はぁ。めんどくさ」
 オレの口から大きなため息と不満がこぼれ出る。
 本来なら息を殺して更に深く身を潜めた方がいい状況なんだけど、声をかけてきた相手を無視するわけにもいかないから仕方なく、オレは女のいる方向にまっすぐ顔を向けて返事をすることにした。未だに腹部が熱いほどに痛むけどーー。
「ったく」
 呆れる気持ちを押し殺してから目を見開き、空に浮かぶ兵士たちと同じような『赤い瞳をした女』に視線を向けてーー、ひっそりと佇むそいつに向かって、オレは言った。
「なんでまだこんなところにいるんだよ。帰るタイミングなんていくらでもあっただろ? どうしてオレの話を聞かなかったんだよ」
 今更怒りなんてなかったし、話を聞かないこの女の考えを変えることが不可能だってことはとっくの昔に分かっていたことだけど、それでも、オレはこの女をここから追い出したくて仕方がなかった。
「バカが」
「ふふっ。そうだね、そうかもね。……。でも、きみを置いて帰るわけにはいかないでしょ?」
 暴言を浴びたはずなのに女は、全く気にする様子もなくほほ笑む。
「あのな、どうしてお前が帰れないんだよ。オレとお前は何も関係ないだろ? というか、どちらかと言えば敵同士だろ?」
「敵同士じゃないし、関係なくもないよ。きみは私の友達でしょ? せっかく仲良くなれたんだから、友達を見捨てるわけにはいかないよ!」
「は? ……はあ?」
 もともと変な女だとは思っていたけど、偽善の塊みたいな言葉を聞いてオレの脳は混乱した。
 こんな場所にいるのは絶対に危険な行為なのに、女は今も無邪気に、当たり前のように笑顔の花を咲かせている。
「ふふふ」「…………」
 そしてオレは、その笑顔を見て確信した。『見捨てるわけにはいかない』という言葉が、この女の本質であるということを。『オレの為にあえて残っている』ということが事実であるということを、深く理解することができた。……。それでも。
「あんたがオレのことを思ってくれてるってのは十分わかったよ。だけどな、いい迷惑なんだよ。それに、アーチの回線だってまだ生きてるんだろ? 今なら間に合うだろうから、さっさとオレの前から消えてくれよ」
「…………。……」
 もともと突き放すつもりだったとはいえ、必要以上にトゲのある言い方をしてしまってオレはすぐに後悔をする。……。後悔をするけれど、これでよかったともオレは思えた。なんならもっと早いうちに、強い言葉で拒絶をするべきだったのかもしれない。
「うん……。そうだよね。ごめんね」
「ああ。わかったなら、さっさとここからーー」
「私だって本当に悪いとは思ってるんだよ? ちょっと迷惑かもな~って思ってるんだよ?」
「いや、だから。それは分かってーー」
「最初から迷惑そうにしてるとは思ってたよ? でも、きみって私の子と年が近いんだよね。まだひとりでトイレにも行けないわけでしょ? そんな子をこんなところに置いていくなんて私にはできないよ!」
「だ・か・ら。あのな? いいか? 最後まで言わせろよ。オレはひとりでトイレにも行けるし、ひとりでも全部大丈夫なんだよ。な? 分かったか? 理解したよな!?」
「ううん。きみが安全に過ごせるまでは帰れないよ! 困ってる人を見捨てるなんて、私にはできないからね!」
「ッッ、お前のせいで困ってんだよ! 迷惑だって言ってーーって、顔近っ!?」
「ーー……?」
 ほんの一瞬だけ隙ができたから『文句を言ってやろう』と思ったんだけど、横を向くとオレの目の前には女の顔があって、そいつはオレのことを優しく、まっすぐな視線で見つめていた。
 意識が『敵の浮いている空の方』に向いていたとはいえ、ここまで他人の接近を許してしまったのは初めのことだ。それになんだか石鹸みたいな甘い香りがして、ほんの少しだけオレは……。
「もしかして今、ちょっとだけドキッとした? ときめいちゃった?」
 ニヤニヤとした表情をして女はオレを煽る。まるで全てを見抜いているかのような態度で。
「あ……、ああ。そうだな。確かにドキッとしたかもな。よ~く見るとシミやシワがあるし、やっぱり年齢通りの見た目なんだなって驚いたよ。化粧って凄いな」
「え? シミ……? え? うそっ。え? 私はまだ30代だよ?」
「40手前の30代、だろ?」
「全然違うよっ。私は30前半だから。……って、そんなに老けて見えるの? じょ、冗談だよね? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ?」
「鏡見てみろよ」
 不意を突かれたことに腹が立ったから軽く冗談でごまかしてやったけど、ドキッとしてしまったってのは本当のことだった。もともとオレはコイツのことが嫌いじゃなかったんだけど、思っている以上にオレは、この女に気を許していたのかもしれない。
「こんなバカな女に、気を許してしまうなんてな」
 わちゃわちゃしてるだけのバカな女だと思っていたけれど、随分と人を惹きつける性格をしている。ーーあるいは、危なっかしくて見ていられないだけなのか。
「……。はぁ」
 その理由はともかくとして、さっきからため息が止まらない。
 ここはオレのホームグラウンドだけど、銃を持った敵が頭の上に浮かんでいるんだ。普通だったら絶対に、こんな状況で隙を突かれるなんてことはありえないーー。ありえてはいけないはずなのに。
「シミ、シミ、シミ~」
 こんな『おふざけの塊』みたいな女に隙を作られてしまうだなんて、間違いなく一生の不覚だ。なんだかもう恥ずかしくって、顔も赤くなってきたような気がする。
「う~ん。あれ? シミなんてどこにもないじゃない。……。もう! 焦って損したよ」
 女は小さな手鏡で顔を確認すると、ムムッっとした表情をしてオレのことを睨めつけた。
「そうか? ちゃんと見たか?」
「見たよっ! 本当にきみって嫌な性格をしてるよねっ。男の子ってみんなそうなのかな?」
「いや? そんなのは人によるだろ。お前の周りにそういうやつらが多かったってだけなんじゃないのか? オレの周りにいたやつらは冗談をあんまり言わなかったぞ?」
「そうなの?」
「ああ、そうだろ。それに、性差別をすると変な団体にキレられるからな。人種差別よりもナイーブな問題だ。気をつけろ!」
「え? う、うん。……? え? きみって本当に子供だよね?」
「どっからどう見てもそうだろ」
 オレの見た目はどっからどう見ても5歳児のそれで、女は困惑の表情を浮かべているけれど、間違いなく、オレは正真正銘のただの子供だった。薬で小さくなった高校生ってわけでもないし、前世の記憶を引き継いでいるってわけでもない。そんな当たり前のことは、少し考えれば分かるはずなんだけどな。
「なあーー」「……? なに?」
 これが最後のチャンスだと思ったオレは『疑問を抱きながら考え込んでいる女に向かって』自分の気持ちを伝えることにする。頭を回転させていそうなこのタイミングならば、思っていることも全部、真剣に聞いてくれるかもしれないと思ったからだ。
「オレはさーー、今までひとりで生きてきたから、別にこんなのは大した状況じゃないんだよ。ひとりのほうが楽だし、自由に動けるし。……。だからさ、本当にもう、オレに関わるのはやめにしてくれないか? もう十分満足しただろ?」
 ずっと頭の中にあった思いをやっと、オレは女に伝えることができた……。傷つけてしまったかもしれないけれど、モヤモヤとした気持ちも晴れて、これでようやく、オレはーー。
「大変だったんだね、わかるよ。……。だけど、大丈夫だよ。私に任せてよ!」
 前に進めると思ったけど、想像以上に女は何も理解していなかった。
「って。いやいや。だからさ、迷惑だって言ってるのが分からないのか? 困ってるんだぞ?」
「わかるよ。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ!」
「話聞いてたのか!?」しかも2回目だぞ!?
 ……っ。正直、この女が何を考えているのか全く理解することができない。得体のしれない何かと会話をしている気分だ。
「ふふふ」
 しかもなんか笑ってるし、こわ。
「……はぁ。ったく。お前のせいでさっきからため息が止まらないよ」
 既婚者子持ちの赤空人の女がどうしてこんなところにいるのかは知らないけれど、全く関係のないオレからしてみたら凄く迷惑な話だ。オレひとりだけだったらどうとでもなるんだけど、コイツはオレをひとりにする気が一切ないらしいから、本当に、本当に迷惑極まりない。……。

「……。ねぇ、ところでさ。きみは自分のことを大人だと思ってる節があるみたいだけど、きみはうちの子と同じくらいの年齢なんだよ? どんな生活をしてきてたのかは知らないし、本当の意味で分かってあげることはできないけど、私からしてみたらきみは子供なんだよ」
「? ああ、前にも同じことを言ってたな」
 大人だとか子供だとか、そんなくだらないことに拘ってる方がよっぽど子供っぽいと思うけど……。まあ、コイツはコイツなりに考えがあるから、面倒くさくオレに何度も絡んでくるんだろう。最初にコイツと出会ったときも、『子供は子供らしくしていろ』みたいなことを言っていたっけーー。
「きみには将来の夢とかないの?」
「? さっきからなんなんだよ。……夢?」
 話の振り方が唐突だ。コイツの話はそこそこの頻度で飛ぶから、ときどき混乱する。
「きみくらいの年齢の子はサッカー選手とか野球選手とか、そういうのになりたがるものでしょ? そういう夢とかってないの?」
「別に。特に考えたこともないな。それに、なろうと思ってもなれるもんじゃないだろ?」
「なれるものじゃないって、それは……」
「……?」
 何か変なことを言っただろうか? 女は口元に指をあてて妙に考え込んでいる。いつもはバカみたいに明るかった表情も、今はなんとなく、鈍色がさしているようにも感じられた。
「子供はね、もっと自分勝手に生きていいんだよ。きみはずっと大人に気を遣って生きてきたみたいだけど、子供に気を遣われるなんて凄く悲しいことだから。ありえないような夢だとしても、夢をまっすぐに語れる子の方がかっこよく見えるんだよ。知ってた?」
「そうなのか? それは知らなかったけど……。でも、オレって気を遣ってるか? ため口だし、普通にあんたのことを見下してるぞ?」
「そういうことじゃないよ、気を遣ってるっていうのは。……。あと、見下すのはやめなさい」
「……。はあ」
 何がそういうことじゃないのかは分からないけど。女は結構真剣な表情で話をしているから、『気を遣わせていると思わせてしまった』ってのは間違いないのかもしれないな。もう少し子供らしく振る舞っていたのなら、ここまでダル絡みをされることも、心配されることもなかったかもしれない。
「…………」「…………」

 それから、ほんの少しの間だけ妙な沈黙が流れて、気がつけば女はまっすぐにオレのことを見つめていて、オレ自身も女の方に視線を向けていた。
 赤い瞳が綺麗で、焼ける街を反射するそれは宝石のように見えて、口が裂けても『綺麗だ』なんてコイツには言えないけど、女の瞳は今まで見た人生の中で一番、綺麗な赤色だった。
「私がきみを守るから、ここから出ようよ。それから、外に出たら一緒に夢を考えようよ! くだらないことでもいいから、ありえないことでもいいから。きみだけの夢を見つけようよ!」
「は? またいきなりだな。別に夢なんてなくてもいいし、興味もないよ」
「ふふ。きみにもきっと見つかるよ。大切な夢が」
「…………」

 夢に全く興味がないというのは本当のことだったけど、自分勝手な女の言葉がバカみたいに眩しく感じた。この女はきっと、本当に頭が悪いんだろう。……。だからこそ、誰よりも強く、光り輝けるのかもしれない。

アクセライズサマー#01-0-1 無料


     \ 海人

 ずいぶんと昔の、夢を見ていた気がする。
「体が重い……」
 それにしてもまさか、海に溺れて意識を失ってしまうだなんて思ってもいなかった。潜水術の才能がないってことは十分理解してるつもりだったんだけどな。これほどまでに酷いレベルだったとは、さすがに想像することもできなかったよ。……で、今の状況は。
「……ん。ああ、そうか。試合中か」
 ホログラムプロジェクターを用いて左手首に投影されているリング状の光と、オレの目の前にいるツーブロックヘアの男が『大切な最後の試合であるということを』思い出させてくれた。
「なあ、海人。お前って本当に筆記以外はダメダメだな。今までどうやって生きてきたんだ? 移動するときとか困っただろ」
 溺死寸前だったオレを小ばかにするようにーー、小麦色に焼けた肌の、大きな体格をした大男が鼻で笑いながら言った。オレのことを心配して海面の方にまで来てくれたのはありがたいことなんだけど、開口一番のセリフがそれかよ。
「ユーゴ。オレは……。オレだって……」
「ちょっと先輩、ふざけてます? 推薦がかかってるんですから、マジメにやってくださいよ」
 小麦色の肌をした大男を追いかけて『海中から上昇してきたもうひとりの人物』。明るい胡桃のような色をした髪の、青い瞳の女の子が辛辣な言葉でオレに追い打ちをかける。ユーゴの言葉ですら胸が痛んだのに、この子の言葉はそれ以上に鋭くって。
「うッうぐっ。な、七葉。お前までオレのことを、ど、どうして……」
「はいはい。気持ち悪い声でしょぼしょぼしてても全然かわいくないですよ。先輩はてぃかわじゃなくてキモキモなんですから。気持ち悪いのを自覚して生きてくださいよ」
「そ、そこまで言わなくても、いいんじゃないかな……」
 オレはもちろん真面目な気持ちで試合に挑んでいたんだけど、ここまで言われると流石にヘコむ。……。それに、『全く試合の役に立っていない』という後ろめたさは痛いほど感じていたし、罪悪感だって沢山あったから、弁解の言葉を発する気持ちは一切湧かなくってーー。
「ごめんな」
 胸の痛みと罪悪感ーー。それと、情けなさによって生み出された深い自己嫌悪の感覚と悲しみに流されて、オレはついつい謝罪の言葉を口にしてしまった。
「……。うん」
 だけど、やっぱり冷静になって考えてみると、これはおかしいーー。だってこの子とオレ、何度も一緒に泳ぐ練習をしたんだもん! それに、よく見るとちょっとだけ口元がニヤけてるしさ。絶対にオレをバカにしかっただけだよな? オレって気持ち悪くないよな!?
「むむむ……」
 オレはだんだん七葉の行動が『酷いことだ』ということに気づいてきて、無性に腹が立ってきた。オレはいつもこの子に虐げられているから、文句を言う権利くらいはあるだろう。
「どうしたんですか? 今度は逆ギレするつもりですか?」
「お前、全部わかってやってるから最悪だよな」
 文句を言ってやろうかと思ったけど、驚くほどにあっさりと釘を刺されてしまった。『性格の悪いやつは他人の思考を読むのが得意』ってのは、本当のことなのかもしれない。
「は~。つらっ」
 オレは七葉の驚異的な意地の悪さに呆れて、ため息をついて、見抜けたかもしれない『いじりの意図』を見逃した自分の愚かさに一段と頭を抱える。
「私、先輩を見ていると不安になってきますよ。この人はどういう大人になるのかなって」
「そうだな。海人はもう少し他人を疑った方がいいぞ? そのうち変な宗教に騙されそうだ」
「そんなわけないだろ。立派な大人になるよ!」
 七葉もユーゴもオレのことを子供のように扱っている。心外だ。ーーとはいえ、コイツらの態度が最悪なのはともかく、実際にオレはふたりにとっての『お荷物』だっただろうし、迷惑だって数えきれないほどかけてきたからな。……。だから、試合に関しての文句は普通に受け入れるべきだろうし、本当に悪いのは全部オレなんだ。
 それと、考えてみればコイツらは、オレに気を遣わせないために『わざと』嫌味な言い方をしているのかもしれない。本当は優しくて良いやつらだからな。さっきのも照れ隠しで言ってたんだろう。どうせさ。
「いや~。それにしても、青海人なのに溺れるなんて普通はありえないですよね。こんな人が存在してる事実にゾッとしましたよ」
「海面に浮いてるときはまさかと思ったが、本当に溺れているとは思わなかったな。今までいろんなやつらを見てきたが、ここまで才能がないやつを見たのは初めてだ。今時小学生でも溺れねえぞ。なんなら赤子にすら劣る」「…………」
 前言撤回。コイツらは本気でオレをバカにしていたみたいだ。あと、いくら本当のこととはいえ、本人を前にそれを言うのは残酷すぎるだろ。コイツらは鬼か!?
「クソ野郎どもが……」
 けれどもまあ、言いたいことはたくさんあったけどオレはーー。間違いなくオレは、コイツらと同じチームでなければ、ここまで勝ち上がってくることはできなかったはずなんだ。
「……。はぁ」
 オレは過去に行ってきた練習や試合を思い出して、青く透き通った海の上に浮かびながら、雲のひとつもない大きな空を見上げる。
「今まで色々あったけど、この試合でもう最後、……か」

     \ 海人

 燦燦と降り注ぐ陽光に照らされた広い大海の青の中で、七葉とユーゴとオレの3人は、『潜水術』と呼ばれる青海人特有の能力を用いて行われる新スポーツ、『エンデュアスロン』の試合を行っていた。
 潜水術をまともに使えないオレはまるで、人類が数えきれないほどにポイ捨てをしてきたペットボトルやビニール袋のようにぷかぷかと浮かんでいるだけなんだけど、学校の推薦を得るために参加したこのトーナメントも決勝戦。
 潜水術のトレーニングはいつも過酷でつらかったし、コバンザメのようにふたりの実績を貰い続ける日々も精神的にきつかったけど、最終的には決勝戦まで来ることがきたから、オレの努力も少しは報われたような気がして、なんだか温かい気持ちになった。
「ーーっていうわけなんですけど、聞いてましたか? 先輩」
「へ? なにを?」
「なにをってーー。やっぱり聞いてなかったんですか? 自由で個性的な先輩らしくていいですね。海鳥でも飛んでましたか?」
 七葉がため息をわざとらしくついて、分かりやすい皮肉の言葉を浴びせてくる。
「あ、ああ。ごめんごめん。ぼーっとしてた」
 ぼーっとしてたんだけど、なんだか不思議な感覚を覚えた。オレの気持ちが温かくなっているのが原因かもしれないけど、七葉の皮肉や嫌味すらも『温かみのある言葉』に感じられる。それとも、もしかしたらなのかもしれないけれど、この子も決勝戦ということでいつもよりも態度が丸くなっているのかもしれない。
「……ふむ」
 気のせいかもしれないけど、やっぱり今日の七葉からは、いつもとは違う雰囲気を感じる。
「先輩、実は私も鳥さんが好きなんですよ。今度可愛い鳥さんを見かけたら教えてくださいね! 一緒にバードウォッチングをしましょう」
「そ、そうだったのか? それは初耳だけど……、うん。わかった」
 考えれば考えるほど混乱してくる。謎だ。いつもより態度が良すぎる……。だけど、これは曖昧なピースで作った仮説でしかないんだけど、もしかしたら七葉は、今日の試合をきっかけに心を入れ替えたのかもしれない。ーー。だとするのならっ。
「あ! 鳥だ。さっそくいたぞ! アレはアホウドリだ。かわいいよな!」
 オレは結論を出した。七葉は全然皮肉めいたやつじゃなかったんだ! 今まで嫌味を言われ続けてたからついつい疑ってしまったけど、オレはこの子を信じてみたくなった。
「へへっ。七葉。オレはお前のことを勘違いしていたよ」
 本当は誰よりも優しいやつだって、オレは知っていたよ。お前はさーー。誰よりも人の痛みが分かる優しい子なんだよな。
「……。はい? なに言ってるんですか? 先輩は小学生ですか?」
「ん?」どういうことだ?
「もしかして皮肉が通じないほどバカになってしまったんですか? それにアホウドリって……、え? なんなんですか? アホなのは先輩の方ですよね? 今はまだ試合中なんですよ? 役に立たないからって他のことを考えたりサボったりするのはおかしいですよね? 今度ってのは試合が終わった後のことだって普通は分かりますよね? 考えれば分かりますよね? それとももう勝ったつもりですか? 余裕なんですか? バカにするのも大概にしてくださいよ!」
「え……」
.
 ええええええええええええええええええええ!?

「あ、あぁ……」
 オレの中でガラガラと、何かが崩れ落ちる音がした。
 優しい心を持った七葉はオレの単なる妄想で、目の前にいる七葉は本当に、本当にいつも通りの七葉でしかなかった。
「うぅ……。うぅっ……」
 別に七葉はいつもと変わったことをしていたってわけではなくって、勝手にオレが七葉の優しさに期待してしまっただけなんだけど、それでも、なんだか凄く裏切られた気分だ。
「まったく。先輩って人は本当に仕方がない人ですよね。申し訳ない気持ちにならないんですか? 今まで戦ってきた人のことを思うとやるせない気持ちになりますよ」
「ご、ごめん。調子に乗ってて」
「……。はぁ。ユーゴ、黙ってないでバカな先輩に説明してあげてくださいよ。私と先輩のIQは20程度離れているようなので、私では会話が成立しません。……なので、お願いします」
「あ~。わかった。めんどくせぇけど俺が言えばいいんだな? ったく。七葉はいつも性格悪いんだから海人もいちいち流されるなよな。……。ってそれ、間接的に俺もバカにしてないか?」
「なにがですか? ……え?」
「俺と海人の会話が成立するのは同じ程度の頭をしてるからだって遠まわしに言ってるよな? わざとだよな?」
「ん~? あっ! そういえばそろそろ時間の余裕がなくなる頃ですね。3人で固まってると危ないので、ユーゴ。ちゃっちゃと先輩に説明をしてください。お願いします!」
「お、お前ーー。……ったく。わかったよ」
 ユーゴは七葉に皮肉を言われてションボリしていたんだけど、ヒッターのオレらはともかく、キャッチャーの七葉が同じ場所にとどまっているのは実際によくないことだからな。オレと同じようにその事を思い出したユーゴは「はぁ」と、気持ちを切り替えるために息を吐き出して、いつも通りのクールぶっている雰囲気に戻って、オレの顔をじっと見つめながら口を開いた。
「言いたいことは色々あるけど、海人! お前の役割が決まった。心して聞け!」
「役割?」
 ユーゴは凄く真剣な表情をしていて、オレの方を向いている。いつも以上に真面目な雰囲気を醸し出していて、なんだか凄く『ただ事ではない』という感じだ。
 そして、そんなユーゴの真剣な雰囲気に当てられてオレは、「ごくり」と生唾を飲みこむ。
「…………」「…………」
 ユーゴの言う『オレの役割』というのは、一体なんなんだ!?
 濡れたオレの髪の毛から海水がまるで、汗のように額を伝ってーー、水面にこぼれ落ちる。
「…………」「お前はーー」
 沈黙の後にユーゴは言った。オレの、試合にとっても重要な大切な役割をッ!
「お前は、窓際族だ!」
「窓際族!?」
 それって確か……。
「窓際族って言ったらあの、会社で全く必要とされていないけど給料だけは異常に貰える『なりたい役職ランキング1位』の、あの窓際族か!?」
「そうだ。その窓際族だ」
「それってつまり? ……ん? んん?」
「…………。……」
「おい! なんとか言ってくれよ!」
 ユーゴは無言の無表情でオレの顔を、ただただじっと見つめていた。
 答えは沈黙。つまりはそう言うことなんだな? 本気でオレは心を躍らせて期待して待っていたっていうのに、こんな仕打ちなのかよ。
「くそっ!」オレは海面に向かって暴言を吐き捨てた。
 せっかくふたりの役に立てると思ったのに。窓際族なんてただの……、ただのニートじゃないか。つまるところオレは、ろくな戦力にすらならない役立たずってことか!?
「オレは本当に、本当にふたりの役に立ちたいと思ってるのにっ」
 俯いた姿勢でオレは、再び吐き捨てるよう言葉をつづけた。オレの言葉はふたりに届かない程度の声量だったんだけど、オレがどんな言葉を発していたのかは伝わっていただろう。
「すみませんね、先輩。これが世の中ですよ。……。とにかく、私とユーゴが全部なんとかするので、先輩は相手の動きでも窺っていてください。全く役に立たない先輩でも『多少は』相手にプレッシャーを与えられると思いますので」
「あ、ああ……。うん、そうだよな。わかってるよ」
 皮肉屋の七葉に再び嫌味を言われることは容易に予測することができていたけれど、それでも、『全く役に立たない』という言葉はオレの心を無慈悲にも抉り取っていた。
「うぅ……。うぐっ……」
 わかっていても声が漏れるほどにつらかった。考えるとつらい。つらいものはつらい……。あ。それに涙がーー、涙がぽろりと零れ落ちたよ。
「……」「安心しろよ、海人。俺と七葉だけでもこの試合は十分取れる」
「そうですよ。前半でだいぶリードしましたからね。ごくつぶしの先輩がいたとしても、十中八九勝てる試合です!」
「うん……」追い打ちに追い打ちをかけるのは、やめてくれないかな。
 七葉の言葉を受けたせいで涙がポロポロと溢れ出てきてしまったんだけど、不幸中の幸いか、ふたりに『オレが涙を流している』ということは、海の水で濡れていたおかげで気づかれることはなかった。
「それじゃあ行ってきますね、先輩。期待して待っててください」
「っ。頑張れよ……、七葉。それにユーゴも」
「おう。安心して待ってな。必ず勝ってくる」「……」
 ふたりを見送りつつ、海水を拭うふりをしてオレは涙を払い落とした。女の子に本当のことを言われて泣くだなんて、かっこ悪くて仕方ないから。……。でも、男の子だってたまには泣いてもいいはずだよね? だって、つらいものはつらいんだから。
「……ーー。くやしい」

「ユーゴ・海人・七葉チーム、3ポイント獲得です! 流石は推薦最有力のチームですね!」
「ええ、見事なチームワークです。恐らく、海人くんが海面で作戦を考えて、ふたりに指示を送っているんでしょうね。それに、海人くんが海面にいることで相手チームにプレッシャーをかけることもできますから。素晴らしい戦術です」
「なるほど! 海人くんの知力を生かした高度な作戦だったんですね! 海人くんはポイント獲得のために動いていないように見えましたが。……納得です」
 ユーゴと七葉が海中に潜ってから数分。ふたりがさっそくポイントを獲得してくれたようだ。
 そして、手首につけているバングル型の電子機器『アーチ』を通して、解説っぽい人たちの声が聞こえくる。ーーんだけど。その会話で伝えられている『オレに対する情報』が、ビックリするほど間違っていて。
『おい! オレはただ単に水の上に浮かんでるだけだから! 同じ学校の生徒に聞かれたら恥ずかしくて死にたくなっちゃうからやめてくれ!』と、頭の中に羞恥心で死にそうなオレの大きな叫び声が響きわたっていた。
「……。直接文句を言ってやりたいところだけど、言いたくても言えないよな」
 俯いてないでまっすぐに前を向いて、口頭で強く『それは違うぞ!』と否定をしておきたいところだったけど、否定をするのは否定をするで、それはそれで凄く恥ずかしいことだから。
「やっぱ、凄くつらいわ」
 結局オレは誰にも真実を語ることができなくって、最終的に喉元に絡まっていたオレの思いは、弱音となって口元から吐き出された。
「……くっ」
 一生忘れることのできない最悪のトラウマをまたひとつ、頭に植え付けられてしまったかもしれない……。けれど。それはともかく、ーーそうか。
 解説の人たちの言葉を聞いて自覚したんだけど、オレたちはいつの間にか、こんなところにまで来ていたんだな。

     \ ???

 半年前、空の人類である『エアリア』と、海の人類である『マーレン』が和平を結んだ。
 そして、和平を結ぶ際に発案されたのが、海と空を結ぶ新競技『エンデュアスロン』の開催と、両人類の優秀な学生たちを集めた『国立空海共同寄宿学校』の設立だった。

 国立空海共同寄宿学校、ーー通称『空海寄宿』は、最先端の技術を学べる魅力的な学校であり、他人類の技術を学べる唯一の学校であることから、入学の応募が殺到。
 定員数432人、マーレンに限れば216人という小さな枠を勝ち取るためには、実績や推薦が実質的に必須となり、多くの地域で推薦をかけた筆記試験や、疑似的なエンデュアスロンの試合が行われることになったーー。

『疑似的な試合』というのは、浮遊術を習得していない青海人や、潜水術を習得していない赤空人たちに向けて調整された特殊形式の試合のことであり、基本的に今現在、各地域で行われているエンデュアスロンの試合はどれも、自人類の能力を図るために特化されたものにすぎず、本来のエンデュアスロンとはかなり異なるルールが用いられていた。……。だからこそ。
「だからこそ、潜水術しか使わない試合形式のおかげで、今のオレは『海面に浮かんでいても』ペナルティを受けずにすんでるんだよな」
 もしも仮に今、オレたちが参加しているエンデュアスロンの試合が『本来のルールと同様のもの』であったのなら、オレは今以上にふたりのお荷物だったかもしれない。
「ユーゴ……、七葉……」
 ふたりにはいつも、頭が上がらないな。
 空海寄宿の推薦が欲しくてオレたち3人はたくさんの試合に挑戦してきたけど、ここまで勝ち上がってくることができたのは全部ふたりのおかげだ。オレだけだったら絶対に、この場所にたどり着くことはできなかっただろう。
「……」「おおっと! ユーゴ・海人・七葉チーム、再び3ポイント獲得です! 流石にこれは勝負ありましたね」
「はい、そうですね。筆記の成績を加味してみても、3名が推薦枠を獲得したというのは間違いないでしょう」

     \ 海人

 オレが過去の出来事を思い返している間に、どうやら勝負に決着がついたようだ。
 左手首に巻かれた最先端の電子機器『ARCHE』に表示されている点数は15対3。解説の人の言う通り、ここから逆転されることはまずありえないだろう。
「ーーーー」
 そして、予想よりも早く、あっという間に制限時間は経過していきーー。驚くほどにあっさりと、試合終了のブザーは鳴り響いた。
「……。終わり、か」
 外部のプロジェクターによって発光していたアーチも光を失い、試合の終了を再び実感する。
『オレは長時間潜水術を使うことができないから』試合後半は完全にお荷物だったんだけど、流石は優秀なふたりだ。ハンデを抱えた状態でここまでの結果を出せるとはな。
「…………」
 なにもしてないオレがふたりの力に乗じて優勝してしまった、ということには多少の罪悪感を覚えるけど、湧き上がる感情は清々しいほどに晴れやかで気持ちがよかった。
「はは、はははは」
 集中の糸がぷつりと途切れて、オレの口から乾いた笑いがこぼれ出てきた。
「全員で推薦の枠を取れるかどうかはこの試合にかかっていたけど、優勝だ……。優勝なら」
 大会で優勝することができたのなら、『オレたち全員が推薦の枠を獲得する』ってことも夢ではないだろう。これ以上ないほどの結果だ。甲子園の大会で優勝しただとか、A判定を取った学校の入試問題を完璧に埋められたってのとほとんど変わりがない。最上で最高の結果だ。
「ははっ」
 ふたりには迷惑をかけてばかりで、消えてしまいたいと思ったことも数えきれないほどあったけど。……それも、そんな日常すらも今では愛おしい。
 これから先はもう、役に立たないオレのせいで『試合に負けて恨まれる結末』におびえる必要もなくって、後はただただ、運ばれてくるはずの吉報を待つだけだ。
「やっとオレは、ここまでこれたよ」
 ジジイ……、先生……、それに……、みんな……。
「とったどぉおおおおおぉおーーって痛ッッッ!」
「お前は何もやってないだろ。このカナヅチが」
 気持ちよく天に向かって叫んでいたのに、海中から現れたユーゴに突然、握りこぶしで頭部を殴りつけられてしまった。
「~~っ。な、なにすんだよユーゴ。いきなりおま……、バカなのか?」
「バカなのはお前の方だろ、海人。この拳は相手チームの分だ。あいつらがあまりにも哀れでな。俺が代わりに殴ってやった」
「だとしてもおま……、ゲンコツって……」
 今時は暴力にうるさい世の中だっていうのにツッコミを握りこぶしでやるだなんて、どういう神経をしてるんだよ。それは最悪、少年院に送られる危険な行為だからな? マジで気をつけた方がいいぞ? オレが寛容な人間で良かったな! マジで!
「~っっ」
 オレは痛む頭を優しくなでて、涙目でユーゴに言った。
「コブになってないよな? 凹んでないか見てくれよ」
「あ? 何言ってんだよ。アーチを付けてるからケガなんてしないだろ? それとも何か? 今度は治療費でもせびるつもりか?」
「いや、オレはそこまで金に執着してないんだけど……。って、え? なに? オレってそんなやつだと思われてるの? 金のことしか考えてないやつだと思われてるの?」
「違うのか?」
「違うだろ! 試合ももう終わったし、手首が痒かったから外してたんだよ。お前だってよく外してるだろ? コレ」
「そんなのは知らねぇよ。外したのならそれはお前の責任だろ? って言うかカナヅチなのにアーチを外すなよ。溺れたお前を助けるのは俺なんだぞ?」
「むっ。むぬぬ……」それはごもっとも。
 最先端の技術が詰まったアーチには衝突事故を完全に防ぐことができる『EETD』と呼ばれる安全装置機能が付いているから、この機能さえつけてれば、ユーゴの拳で頭を痛めることもなかっただろう。……。特に、アーチを付けているもの同士の事故は120%の確率で防ぐことのできる絶対の機能で、この機能に救われた人間は数えきれないほど多い。
 ……。とはいえ、アーチの重要性が分かっていたとしても、オレが付けているアーチは10年以上前に発売された中古品だったから。付け心地も悪いし、重かったから外していた。
「なあ海人。いつの時代も事故を起こすのはバカな人間なんだよ。お前が事故死して迷惑を被るのはアーチを作ってるやつらなんだぞ? それを絶対に忘れるなよ?」
「むっ。言ってることは完全に正論だけど、勉強のできないお前に言われるとムカつく!」

     \ 海人

「せんぱい……。先輩! やりましたね。優勝ですよ!」
 ユーゴよりも少しだけ遅れて、七葉がオレたちのいる海面に浮かんできた。
「んっ。ああ、七葉! 勝てて良かったな!」
 常識知らずの暴力クソ野郎と違って、七葉は凄く爽やかな雰囲気をしている。ーー。まっすぐに喜びを共感できるって気持ちが良いよな! 明るい表情がまるで天使のように見えるよ。
「ふふっ。ーーあ、そういえば先輩はなんの役にも立ってなかったですね。先輩が役立たずなのは他の人から見ても明らかだったですし、きっと先輩は推薦もらえないでしょうね。勝手に浮かれてすみません。ごめんなさい」
「え!? あ、ああ。ウン……。そうだったね。言われてみると確かに、なにもやってないね」
 ……前言撤回だ。
 少しは七葉の優しさを信じてみたかったけど、やっぱりこいつは最低なやつだった。こんな時くらい優しくしてくれたっていいのに。オレのことをそこら辺に落ちてるゴミと同じなんだって、そう思っているに違いない。
「っ……。うぅ……」
 また少し涙が……。溢れかけて……。痛い。痛すぎるよ。
 オレは左側の胸を両の手で押さえつける。何度も味わってきた痛みだから耐えきれると思っていたけれど、鋭い胸の痛みには耐えることができない。ユーゴに殴られた頭部よりも痛む。これは、ナイフで刺されるよりも、銃で撃たれるよりも圧倒的に痛くて苦しい。
「し、心臓が。あれ? お、おかしいな~。誰か。誰か救急車を呼んでくれないかな~」
 オレのハートはもう、七葉の言葉でボロボロだった。牛乳を拭きつづけてきた学校の、ボロ雑巾のようにボロボロだった。……けれど。
「ーーふふ。先輩はゴキブリみたいにしぶといので大丈夫ですよ。ほっとけば治ります」
 気持ちよく笑ってる七葉の笑顔が見れたから、オレはうれしいな。……うん。
「いい笑顔……、だね……」
 晴れやかな気持ちが伝わってきて、悪い気はしないーー。とはいえやっぱり、『もう少し優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃないかな』とも、思うんだけどな……。
「…………」

「おい海人! こっち向けよ」
 今にも泣き出しそうなオレの感情を無視するかのように、海面に浮かぶユーゴがオレに声をかけた。そして、オレの顔をこの海と同じ『群青の色をした瞳で見つめながら』まっすぐに腕を伸ばして、オレの手前に拳を突き立ててくる。
「……なんだ?」正拳突き? ケンカを売ってるのか?
 オレは泳げないだけで運動神経は抜群だってのに、そこまで舐められていたのか?
「っーー。仕方ねぇ!」
 ユーゴがケンカを売ってきていると思ったオレは、ぐっと両の手のひらを握って、ファイティングポーズをとって、目の前にいるユーゴとの戦いに同意をした。
 たとえ海の中という大きなハンデがあったとしても、ユーゴがオレにケンカで勝てる可能性は万に一つもないだろう。一緒に戦ってきたチームメイトをボコボコにするのは気が引けるし、少し残念にも思うけど。
「いいぜ。かかってきな」
 オレはどんなケンカでも売られたのなら全部買う。
 なぜならオレのプライドは、この世界の誰よりも気高いーーって。
「えい!」「!?」
 どうしちゃったの!? 意味不明。
 唐突にオレの横のーー、海面に浮かんでいた七葉がユーゴの拳に拳を当てた。
「これってフィストバンプってやつですよね! 私もやってみたかったんです」
「おい七葉、これは男同士の挨拶なんだよ。あとな、黙ってやるからカッコイイんだよ。騒いでやるもんじゃねぇだろ? クールじゃねぇ」
 フィスト……。え? なに? 殴ろうとしてきたわけじゃないの? え?
「…………。……ほーん」
 ああ、そうなのね。試合中に全く役に立たなかったオレに制裁を加えようとしていたってわけじゃないのね。ユーゴに嫌われちゃったのかと思って気を構えていたけれど、嫌われたってわけじゃないのならよかったよ。
「はぁ……」と、ふいに安堵と呆れによって生じたため息がオレの口から吐き出されて、それと同時に緊張していた体も緩んで、ため込んでいた疲れすらも全部溢れ出た。……。

「ユーゴ、七葉」
 心の霧を払って、オレはふたりに向かって声をかけた。
『フィストバンプ?』の意味は未だによく分からないままだったけど、ふたりがやっていることを見よう見まねで真似てみて、自分の拳をふたりの拳に合わせてみる。
「……。うん」
 実際にやってみても、やっぱりよく分からなかった。ーーけれど、なんだかこの挨拶はカッコイイ感じがして、とくに悪い気はしない……。
「先輩。このままだと締まらないので、早く何かを言ってくださいよ」
「は? なんでいきなり。七葉が言えばいいだろ?」
「おいおい、海人。お前が言う流れだっただろ? さっさと言えよ」
「さっさと言えって言われても、そんないきなり……」
「…………」「…………」
 ふたりがオレと向かい合って、まっすぐに目を合わせている。いきなりよく分からない無茶ぶりされてどうしようかとも思ったけど、恐らく。ーーいや、間違いなく今、考えていることはみんな一緒なんだろう。……。それなら。言うことはもう、決まっているのか。
「…………」
 オレは一瞬だけまぶたを閉じて、自分の思いを口にする。
 言うことはただひとつ。これから先の、新しい始まりを告げる最後の言葉だ。

「次はーー、世界だ!」
 オレの言葉が海と空に響き渡るーー。そして、オレたちはこれから挑戦していくんだろう。東西南北、ありとあらゆる地域に住む、海と空、ふたつの人類の優秀な学生たちが集められる学校、国立空海共同寄宿学校と、海と空の技術が混じりあった、本当のエンデュアスロンへと。


 アクセラトップページ

 BookWalkerで購入する(広告リンク)試し読みもあります。